歴史の人物から学ぶ今の生き方
株式会社ことほぎ 白駒妃登美
日本の素晴らしさや歴史から学べるいろんな大切なことを気づかせて頂いた方でもあり、妃登美さんご自身も、病気も含めていろんな困難から人の出会いがきっかけで変わられて、使命、志に真っ直ぐに生きておられる、そんな素敵な妃登美さんでございます!
今回は人間力大學で妃登美さんに登壇していただくことになって、ぼくも妃登美さんから学ばせて頂くのが楽しみです!
実は、先ほど啓ちゃんが、私が闘病生活を経験する中で180度人生が変わったって言ってくださったんですけど、実はその1番のきっかけをくれたのが啓ちゃんなんですよ。
困難がおきるのは、未来が輝くため
だから、いま困難を招いてしまうっていうことは、困難を招くような生き方を過去の自分がやってきたせいなんだって。だから病気になって、「助からない」って主治医から言われたときに、もうこんな若さで幼い子ども2人残して死ななきゃならないんだって毎日自分を責め続けたんですけど。
「いま起きてることって、過去の結果じゃなくて、未来に必要なことが起こってるんだ!」って。
大嶋啓介、高杉晋作の生まれ変わり説
逆境下での人との出会い
高杉晋作は吉田松陰先生の愛弟子なんですよね。ところが松陰先生の死後、長州藩は幕府と絆を強めていこうというふうに方向転換をしてしまうんですね。そのときに、幕府を倒そうとしていた松陰先生の後継者である晋作は窮地に陥るわけですよ。それで長州では命を狙われてしまうので、関門海峡を越えて福岡に亡命をしたんですよね。
その亡命先で素敵なご縁があって、それが野村望東尼という女流歌人だったんですよ。この方は女性なんですけども、ほんとに志士たちが命をも顧みずに国に尽くす姿に感動して、志士たちの母と呼ばれた人なんですよね。
黙ってご飯を作って食べさせてあげるんですけども、その10日目くらいになんと望東尼が、毎日縫い続けて完成した着物を晋作に着せて、「あんたはこんなところでボヤボヤしているそんな人間じゃないでしょ。早く持ち場に戻りなさい」って背中を押されるんですよ!
80vs2000!? 無謀な挙兵の裏にあった覚悟
当時、下関の功山寺には、長州派の公卿が都から追われて滞在してましたので、その公卿たちの元に晋作がいってですよ、たった八十数名で挙兵したんですよ。それなのに晋作は2000人を超える長州藩の正規軍を相手にクーデターを起こそうっていうわけですよ。
でもそのときの晋作がほんとにかっこよくて、長州藩の公卿たちに向かって宣言するんですよ。「これより先、長州男児の肝っ玉をご覧に入れ申す」って!
絶体絶命のピンチこそ千載一遇の転機
歴史ってね、すべてこういう絶体絶命のピンチのときに、よく陰陽の転化っていう話を聞きませんか?隠が極まると陽に転化する。陽が極まると隠に転化する。
〜続く〜