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挫折を乗り越える方法とは?北京五輪のエラー、遅咲き、失明を経験した4人の話

大事な試合で失敗した。
続けてきたことが、うまくいかなくなった。
夢をあきらめるしかないように思える。

挫折したとき、どうやって立ち直ればいいのかを知りたくて、このページを開いた方もいると思います。

この記事で取り上げるのは、人間力大學オンラインに登壇した講師のうち、スポーツ・仕事・夢で大きな挫折を経験した4人です。
4人が事前対談で語った話を紹介します。

先に答え:挫折を乗り越えた4人がしていたこと

4人の話を聞いていくと、立ち直り方は一人ひとり違いましたが、手がかりになる考え方がありました。

  • 受け止め方を選び直す:起きた事実は変えられなくても、その意味づけは、時間をかけて選び直せることがある
  • 急いで決めない:やめるかどうかは、明日で最後と区切って、決めるのを1日だけ延ばしてみる
  • 結果より行動を認める:結果が出ない時期も、積み重ねた行動を自分で認める
  • できる形を探す:できなくなったことより、今できるやり方を、人の力も借りて探す
挫折を乗り越えた4人の考え方(受け止め方を選び直す・急いで決めない・結果より行動を認める・できる形を探す)

ここからは、4人の話を一人ずつ見ていきます。

1. 事実は1つでも、解釈は自分で選べると受け止め直した

1G.G.佐藤(佐藤隆彦)さん元プロ野球選手(埼玉西武ライオンズ・千葉ロッテマリーンズ)/株式会社トラバース副社長

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(2025年7月の人間力大學オンライン事前対談より)

G.G.佐藤さんは、高校時代に甲子園へは出ておらず、大学の4年間はずっと補欠だったと話しています。
当時の自分を見て、プロ野球選手になれると思った人は一人もいなかった、と。

大学卒業後の3年間をアメリカで過ごし、そこで大きく成長します。
プロフィールによると、その後アメリカからの逆輸入という形で西武ライオンズに入団しています。

佐藤さんが成長の理由の1つに挙げたのは、アメリカの指導者の関わり方でした。
まず否定しない。そのうえで、あなたの人生なのだから決めるのはあなただ、と何度も言われたそうです。

初めて権利を与えられてるような感覚になりました── G.G.佐藤さん(アメリカで指導を受けたころを振り返って)

ある日、打つタイミングの取り方が分からなくなり、佐藤さんはコーチに聞きに行きます。
するとコーチは、佐藤さんの連続写真や資料をすべて準備して待っていたそうです。
自分から求めてこない人に教えても意味がない、という考え方だったといいます。

2008年の北京五輪では、慣れないレフトで起用されました(プロフィールより)。
準決勝で2度、3位決定戦でも致命的なエラーをしています。
佐藤さんは対談で、日本中から大バッシングを浴びたと振り返っています。

当時は本当に死にたいと思っていた、とも話しています。

死にたいほどつらい気持ちは、ひとりで抱えずに誰かに話してください。記事の最後に相談先を載せています。

それでも今は、その出来事もあってよかったと思えるようになった。
出来事の捉え方、解釈を変えたことがいちばん大きかったかな、と佐藤さんは話しています。

事実は1つですけれども解釈は無数だ── G.G.佐藤さん

解釈は自分で選べる。それが、佐藤さんが今、講演で伝えているメッセージの1つです。

プロフィールには、引退後に父親の会社で副社長まで務めたあと、人生5度目の戦力外通告を受けたことも書かれています。
その失敗から立ち上がれたのは、恩師の野村克也さんが最後に残してくれた一言が大きかった、と佐藤さんは話しています。

野球をしていたころがいちばん輝いていた、と言われるのは悔しい。
佐藤さんはそう話し、こう続けています。

人生のピークは常に未来にあると思ってる── G.G.佐藤さん

この話のポイント

挫折した事実そのものは、消せません。
けれど、その出来事にどんな意味をつけるかは、時間がたってから選び直せることもあります。

2. 明日で最後と決めて、もう1日だけ続けた

2荒川祐二さん作家(著書『半ケツとゴミ拾い』ほか)/大阪府でラーメン店を経営

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(2022年8月の人間力大學オンライン事前対談より)

荒川さんは大学時代、自分を変えたいという思いで、新宿駅東口の掃除を毎朝6時から、たった1人で始めました(プロフィールより)。
背中には、一緒に掃除してくれる人を募集する看板を背負っていました。

きっかけは、ある映画を見て涙が止まらなくなったこと。
そして、本当に変わりたいなら、どんな小さなことでもいいから一歩踏み出して続けてみなさい、と言われたことだったと話しています。

ところが、始めてすぐに困難が待っていました。
嫌がらせは、毎日のようにあったそうです。

2週間ほどたったころ、荒川さんはけんかに巻き込まれてけがをし、首にコルセットを巻いて帰ることになりました。
もう限界だ、やめようと思った。

それでも荒川さんは、とりあえず明日で最後にしよう、と決めて翌朝も駅に向かいます。

その日、ホームレスのおじさんが掃除を手伝ってくれました。
そのおじさんは、お尻が半分出ていたそうです。これが本の題名『半ケツとゴミ拾い』の由来になりました。

おじさんは次の日も、その次の日も手伝ってくれた。
やめるつもりだった荒川さんも、明日もいるかなと思って通い続けます。
そこから仲間が少しずつ増え、新聞やテレビにも取り上げられるようになりました。

仲間が全国各地で一斉にゴミ拾いをした日、荒川さんは初めて、自分が変わったと思えたそうです。

それまでの荒川さんは、何かあると、俺なんかにできるわけがないと言って逃げていたと振り返ります。
やったことがないから、できると思えなかった。
けれどゴミ拾いを続けられたことで、一度できたのだから次もできるはずだ、と思えるようになったと話しています。

荒川さんの挫折は、一度では終わりませんでした。
20代の終わりには講演の依頼が減り、30歳になった日には、出版社から本を出せないと告げられたそうです。

プロフィールによると、荒川さんは現在、古事記や日本の神さまの話をブログや舞台で伝え、ラーメン店の経営者としても活動しています。

この話のポイント

「もうやめたい」と思ったときに、続けるかやめるかを今日決めなくてもいい。
明日で最後と区切った1日が、次の景色につながることがあります。

3. 遅咲きの経験から、結果より行動を認めた

3矢野燿大さん元・阪神タイガース監督/NPO法人THANKYOU FUND 代表理事

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(2023年2月の人間力大學オンライン事前対談より)

矢野さんは、阪神タイガースの捕手として活躍し、2019年から4年間、一軍の監督を務めた方です(プロフィールより)。

その矢野さんは対談で、自分がプロ野球選手になれると思ったことはなかった、と話しています。
コツコツやっているうちに、夢の方が近づいてきた、と。

プロに入ってからも、レギュラーになるまでに7〜8年かかったそうです。
中日ドラゴンズ時代の7年間を、矢野さんはこう振り返っています。

プロとは言えないような情けないマインドで野球をやってた── 矢野燿大さん(中日ドラゴンズ時代を振り返って)

プロフィールによると、1997年のオフにトレードで阪神タイガースへ移り、そこで正捕手の座をつかみました。
自分は遅咲きだった、と矢野さんは話しています。

そういう自分だったからこそ、選手の可能性を信じられる。
うまくいかなかった経験が、人の可能性を信じる自分をつくってくれた。矢野さんはそう語っています。

自分たちの時代は、失敗すると咎められ、良くない結果だとダメだと言われた。
その中で勇気を奪われ、前に進めなくなる経験もしてきたそうです。
だから監督になったとき、矢野さんが大事にしたのは、次のことでした。

結果じゃなくて行動を認める── 矢野燿大さん

2軍監督を務めた1年は、勝つことよりも、選手の可能性をどれだけ伸ばせるか、チャンスをどれだけ増やせるかだけを考えたそうです。
歯を見せて、思いきり楽しみながらやる。そうやって背中を押したら選手たちが変わっていくのを見て、間違いないと確信した、と話しています。

この話のポイント

結果が出ない時期は、自分を責めてしまいがちです。
矢野さんの話は、結果ではなく、今日やったことを認めていいのだと教えてくれます。

人間力大學オンラインでは、こうした講師が登壇し、事前対談の続きを講演の本編で話しています。会員は過去の講演動画も見られます。
→ 人間力大學オンラインを見てみる

4. 見えなくなっても、自分なりの撮り方で写真を続けた

4おーちゃん(大平啓朗)さん全盲の旅カメラマン(北海道下川町出身)

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(2022年8月の人間力大學オンライン事前対談より)

プロフィールによると、おーちゃんは24歳のときに全盲になりました。
それから、カメラマン、47都道府県のひとり旅、海外旅行、スキューバダイビング、パラグライダーなどに挑戦してきた方です。

写真は、見えなくなる前から大好きだったそうです。
見えなくなったからといって、やめる、諦めるという考えは浮かばなかったと話しています。

そのころ、大好きな人たちが悲しい表情を見せていた。
自分が諦めるのも、大好きな人が悲しむのも嫌だった。
だから、無理をしてではなく当たり前のこととして、好きな写真を撮り続けようと決めたそうです。

せっかく見えなくなったのなら、見えない自分なりのタッチで撮ろう。
おーちゃんはそう考えて、カメラを手放しませんでした。

見えなくなって気づいたのは、行きたいところに自分で行けることが、どれだけ大事かということ。
最初に思ったのは、大事な人に会いに行きたい、ということだったそうです。

対談では、ボランティアの話も出ました。
ボランティアに応募しても、やわらかく断られることがあったそうです。
見えないとサポートする人がいないと難しい、楽しめないかもしれない、という理由でした。

一方で、大嶋啓介の講演キャラバンの札幌会場では、おーちゃんに何ができるか、というところから話が始まりました。
たとえば、耳の聞こえない人が来たときの対応をしてみよう、という話になった。
それがとてもうれしかった、とおーちゃんは話しています。

この話のポイント

できなくなったことを数えるより、今の自分にできるやり方を探す。
一人で見つからないときは、「何ならできるか」を一緒に考えてくれる人の力を借りてもいいのだと思います。

今日からできる、挫折を乗り越えるための3つのこと

4人の話から、今日からできることを3つにまとめます。どれも小さなことです。

  1. 起きたことを1行で書き、その横に「別の受け止め方」を1つ書いてみる:すぐに前向きに思えなくても大丈夫です。解釈は一つではないと知ることで、見え方が少し変わることもあります
  2. 結果に関係なく、今日やったことを1つ書き出す:矢野さんが選手にしたように、自分の行動を自分で認める練習です。荒川さんのように、一度できたという記憶が、次の一歩を支えてくれることもあります
  3. 「できなくなったこと」の横に、「今の自分にできるやり方」を1つ書く:おーちゃんのように、形を変えれば続けられることがあるかもしれません。思いつかないときは、誰かに一緒に考えてもらうのも一つの方法です

講師の話をもっと聞きたい方へ

今回紹介した4人は、いずれも人間力大學オンラインに登壇した講師です。

人間力大學オンラインでは、さまざまな分野の講師が、生き方や人との関わり方について講演しています。
事前対談で話しきれなかった体験や考え方は、講演の本編で詳しく語られています。

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つらい気持ちが続くときは、ひとりで抱えずに誰かに話してください。
電話やSNSで相談できる窓口の一覧 → まもろうよこころ(厚生労働省)

この記事は、人間力大學オンラインの事前対談(YouTube「人間力大學」)で講師の皆さんが話した内容をもとに、人間力大學 運営チームがまとめたものです。